Revolutionary Road
1950年代のアメリカ。フランクとエイプリルは、子供にも恵まれ幸せに暮らしていた。郊外の「レボリューショナリー・ロード」と呼ばれる通りに面した庭付きの一軒家、都会の大企業への電車通勤、週末のリゾートへの小旅行。まさに二人は戦後のアメリカが黄金期を謳歌していた時代の体現者だった。だが、2人はそんな暮らしにどこか閉塞感を抱いており、絵に描いたような「幸福な家族」の崩壊は間近に迫っていた。(Wikipediaより)
夢よりも愛を追い求めるレオナルド・ディカプリオ演じるフランクと、愛よりも夢を追い求めるケイト・ウィンスレット演じるエイプリル。夢想と現実のギャップに苦しみ、パリ行きの話に再び「生きる」喜びを見出す二人。地に足の着かない話に周りはどこか馬鹿にしたような反応も見せるが、精神障害を患ったジョンだけは二人の理解者だった。だがパリ行きを決意した矢先、3人目の子どもを妊娠していることが発覚。堕ろそうとしていたエイプリルを怒鳴りつけるフランクに、「子どもたちは愛している」と言い返していたけれど、そもそも妊娠が発覚してから煙草吸いまくって飲んでる時点で子ども要らないでしょ!と突っ込みたい。
物語はほぼフランクとエイプリルの口論と言ってもいい程、よく喧嘩する。エイプリルと子どもたちとの「理想ではないけれど、確かな幸せと愛」を選ぼうとするフランク。自分の理想だけを突き詰めようと暴走するエイプリル。最初から彼らの幸せと愛の定義には齟齬があったのかもしれない。
面白いのはこの映画、二人の子どもがいながら殆ど物語に登場しないことだ。彼女の人生に於いて子どもは全く重要なファクターではなかったのだろう。そつなく子育ても家事もこなすけれど、きっとそれは彼女にとってやりたい事、望む生活ではなくて、義務からくるルーティーンワークだったのかもしれない。
皮肉にもエイプリルの死によって彼女の夢への執念から解放されたフランクが子どもたちと、全て理想どおりではないけれど、地に足の着いた幸せな日々を送ってくれればいいな。
しかし自分の夢を突き詰めるエイプリルと、地に足の着いた幸せを望むフランク、どっちが狂人なのかよくわからなくなる映画だった。まあ、なんていうか、「家族」になるって難しい事よね。
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